sinの弧長は円周率とレムニスケート周率で表せる
初めまして。たしです。
突然ですが皆さんは カーブの長さについて考えたことはありますか?
一辺の長さが1の四角形の周長は4ですし、半径1の円の周長は になります。では カーブの長さはどうなるのでしょうか。とっても気になります。
実はこの値は次の積分で求まります。
何故この積分で長さが求められるのかについては、『高校数学の美しい物語』様のサイトなどで詳しく述べられているのでぜひご参照ください。簡単に述べると の積分で弧長が求まるという公式を用いています。
→弧長積分の公式の証明と例題 | 高校数学の美しい物語
よって、あとはこの積分を解いて終わり! と言いたいところなのですが、なんとこの積分、普通に解こうとしても全く解けません。
実はこの積分は、筆者が高校生のときに数学の教諭から出された問題です。
「 の積分は簡単に求まるのに、 の積分は突然難しくなり解けなくなる」というちょっとした小噺だったのですが、そういう話を聞けば挑みたくなってしまうのが数学好きの性というもので、それ以来ずっと挑戦していた問題でした。
ちなみに、 の積分は から
\begin{align}
\int_0^{2\pi}\sqrt{1-\cos^2{\theta}} \ d\theta &= \int_0^{2\pi}\sqrt{\sin^2{\theta}} \ d\theta \\
&=2 \int_0^{\pi}\sin{\theta} \ d\theta\\
&= 2
\end{align}
と確かに簡単に計算できます。従って の積分も上手くやれば綺麗に計算できるだろうと当時の私は思っていました。
しかしどう試行錯誤しても上手くいきません。そして計算できないまま一週間が過ぎ一ヶ月が過ぎ、結局納得のいく答えが得られたのは大学生になった後でした。
得られた結果は次のようなものです。
\begin{align}
\int_0^{\pi}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta = {\varpi} + \frac{\pi}{\varpi}
\end{align}
これはとても綺麗な結果ではないでしょうか!!
についての詳しい解説はここではしませんが、これは と表される定数です。 が円周の長さを表す定数だったのに対し、 はレムニスケートという のような見た目の図形の周長を表す定数になっています。 との類似点も多く、ガンマ関数や楕円関数で遊んでいるとよく見かける重要な定数になっています。
つまりこの公式は、 の弧長が円の周長 とレムニスケートの周長 を用いて表せると主張しています。 という円から生まれた概念が、弧長を通して再び円やレムニスケートと繋がるというのは、数学の見えない繋がりのようなものを感じられて面白いです。
(注)
積分範囲がになっていることが気になる方もいるかもしれませんが、対称性から以下の等式が成り立ちます。
\begin{align}
\int_0^{2\pi}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta &= 2\int_0^{\pi}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta
\end{align}
【証明の概略】
高校生レベルの変数変換と、大学初年度の解析(ガンマ関数、ベータ関数)の知識があれば求められます。
まずは初等的な変数変換を用いて次の等式が示せます。
\begin{align}
\int_0^{\pi}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta = \int_0^{\frac{\pi}{2}}\sqrt{\sin x }+\frac{1}{\sqrt{\sin x}} \ dx
\end{align}
具体的に、まず右辺で の変数変換を行い
\begin{align}
\int_0^{\frac{\pi}{2}}\sqrt{\sin x }+\frac{1}{\sqrt{\sin x}} \ dx &= \int_0^{\frac{\pi}{2}}\frac{\sin x+1}{\sqrt{\sin x}} \ dx \\
&= 2 \int_0^{1}\frac{1+t^2}{\sqrt{1-t^4}} \ dt \\
&= 2 \int_0^{1}\sqrt{\frac{1+t^2}{1-t^2}} \ dt
\end{align}
を示したのち、再度 と置いて
\begin{align}
2 \int_0^{1}\sqrt{\frac{1+t^2}{1-t^2}} \ dt &= 2\int_0^{\frac{\pi}{2}}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta\\
&= \int_0^{\pi}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta\\
\end{align}
を示すのが解りやすいかと思います。(終)
また、ベータ関数およびガンマ関数の性質を用いて次のような主張が示せます。
\begin{align}
\int_0^{\frac{\pi}{2}}(\sin \theta )^s \ d\theta &= \frac{\sqrt{\pi}}{2}\frac{\Gamma(\frac{s+1}{2})}{ \Gamma(\frac{s}{2}+1)}\\
&= \frac{\sqrt{\pi}}{s}\frac{\Gamma(\frac{s+1}{2})}{ \Gamma(\frac{s}{2})}
\end{align}
ベータ関数 というものの性質を通して示します。この性質の証明は他の記事に譲ろうと思います。
ベータ関数は次のような積分で表される関数です。
\begin{align}
B(x,y) = \int_0^1t^{x-1}(1-t)^{y-1} \ dt
\end{align}
これに適切な変数変換を施すことで、
\begin{align}
B(x,y) = 2\int_0^{\frac{\pi}{2}}(\sin\theta)^{2x-1}(\cos\theta)^{2y-1} \ d\theta
\end{align}
が成り立つのですが、ここに のべき乗の積分が現れていることに注目して次の等式が示せます。
\begin{align}
B\left( \frac{s+1}{2},\frac{1}{2} \right) = 2\int_0^{\frac{\pi}{2}}(\sin\theta)^{s} \ d\theta \tag{1}
\end{align}
一方で、ベータ関数とガンマ関数の間に次のような関係が成り立ちます。
\begin{align}
B(x,y) = \frac{\Gamma(x)\Gamma(y)}{\Gamma(x+y)} \tag{2}
\end{align}
ガンマ関数の説明も割愛しますが、階乗を一般化した関数でとても面白い性質がたくさんある関数です。
さて、(2) の式で と置きなおし、(1)と比較することで、次の等式を得ます。
\begin{align}
2\int_0^{\frac{\pi}{2}}(\sin \theta )^s \ d\theta =B\left( \frac{s+1}{2},\frac{1}{2} \right)= \frac{\Gamma(\frac{s+1}{2})\Gamma(\frac{1}{2})}{\Gamma(\frac{s}{2}+1)}
\end{align}
ここに と というガンマ関数の性質を用いることで補題2の等式が示せます。(終)
さて補題1より、今求めたかったのは次の値でした。
\begin{align}
\int_0^{\pi}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta &= \int_0^{\frac{\pi}{2}}\sqrt{\sin x }+\frac{1}{\sqrt{\sin x}} \ dx \\
&= \int_0^{\frac{\pi}{2}} (\sin x)^{\frac{1}{2}} \ dx + \int_0^{\frac{\pi}{2}}(\sin x)^{-\frac{1}{2}} \ dx
\end{align}
これは のべき乗の積分になっているので、補題2の公式が使えます。
補題2の2行目に を代入して
\begin{align}
\int_0^{\frac{\pi}{2}} (\sin x)^{\frac{1}{2}} \ dx =2\sqrt{\pi} \frac{\Gamma(\frac{3}{4})}{ \Gamma(\frac{1}{4})}
\end{align}
補題2の1行目に を代入して
\begin{align}
\int_0^{\frac{\pi}{2}} (\sin x)^{-\frac{1}{2}} \ dx =\frac{\sqrt{\pi}}{2} \frac{\Gamma(\frac{1}{4})}{ \Gamma(\frac{3}{4})}
\end{align}
が得られます。これにより と の比が解れば、全ての値が求まるのですが、実は次の公式が成り立ちます。
\begin{align}
\frac{\Gamma(\frac{3}{4})}{\Gamma(\frac{1}{4})} = \frac{\sqrt{\pi}}{2\varpi}
\end{align}
レムニスケート周率 の定義は次の積分が一般的だと思います。
\begin{align}
\varpi = 2\int_0^1\frac{1}{\sqrt{1-x^4}}dx
\end{align}
余談ですが、円周率 が
\begin{align}
\pi = 2\int_0^1\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx
\end{align}
で求まることを見れば、 が円周率の類似になってることを納得してもらえるかと思います。
さて、 の定義式で と変数変換をすれば、実はベータ関数の元々の定義を当てはめることができます。
\begin{align}
\varpi &= 2\int_0^1\frac{1}{\sqrt{1-x^4}}dx \\
&= \frac{1}{2}\int_0^1t^{-\frac{3}{4}}(1-t)^{-\frac{1}{2}}dt \\
&= \frac{1}{2}B\left( \frac{1}{4} , \frac{1}{2} \right)\\
&= \frac{1}{2}\frac{\Gamma(\frac{1}{4})\Gamma(\frac{1}{2})}{\Gamma(\frac{3}{4})}\\
&= \frac{\sqrt{\pi}}{2}\frac{\Gamma(\frac{1}{4})}{\Gamma(\frac{3}{4})}
\end{align}
最後の式変形でも を使っています。
これで補題3も示されました(終)
よって、これらの結果を用いて
\begin{align}
\int_0^{\frac{\pi}{2}} (\sin x)^{\frac{1}{2}} \ dx &=2\sqrt{\pi} \frac{\Gamma(\frac{3}{4})}{ \Gamma(\frac{1}{4})}\\
&= 2\sqrt{\pi} × \frac{\sqrt{\pi}}{2 \varpi}\\
&= \frac{\pi}{\varpi}
\end{align}
\begin{align}
\int_0^{\frac{\pi}{2}} (\sin x)^{-\frac{1}{2}} \ dx &=\frac{\sqrt{\pi}}{2} \frac{\Gamma(\frac{1}{4})}{ \Gamma(\frac{3}{4})}\\
&= \frac{\sqrt{\pi}}{2}×\frac{2\varpi}{\sqrt{\pi}}\\
&= \varpi
\end{align}
が求まります。
これにより、めでたく全ての準備が整いました。これまでの議論を全てまとめると以下のようになります。
\begin{align}
\int_0^{\pi}\sqrt{1+\cos^2{\theta}} \ d\theta &= \int_0^{\frac{\pi}{2}}\sqrt{\sin x }+\frac{1}{\sqrt{\sin x}} \ dx \\
&= 2\sqrt{\pi} \frac{\Gamma(\frac{3}{4})}{ \Gamma(\frac{1}{4})} + \frac{\sqrt{\pi}}{2} \frac{\Gamma(\frac{1}{4})}{ \Gamma(\frac{3}{4})}\\
&= \frac{\pi}{\varpi} + \varpi
\end{align}
以上から の弧長が円周率とレムニスケート周率で表せることが得られました。
実はこの問題は楕円積分や楕円の弧長の関係していたりと、まだまだ奥深い繋がりがいくつかあるのですが、それはまたの機会にしたいと思います。
恐らく高校の恩師がこの問題を出したときはこのような結果が得られるとは思わなかったと思うのですが、ちょっとした「 の積分は簡単だがはどうなる?」という思いつきがこのような面白い結果に繋がるのは数学の醍醐味だと思います。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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